拙なる日々

コロナウイルス対策の一環としての暇つぶしです。

廃球場跡を(偶然)歩く(2)

私の少年時代の頃は、世間そのものがまだ色々と大らかだったようです。今だときっと、大問題になるのでしょうが…。

 

プロ野球のパセ(なぜ「セパ」でないのかは、後述します。)両リーグ優勝チームが日本一を争う日本シリーズは、かつては平日も含めて、全試合デーゲームで行なわれていました。当然テレビ中継も平日の真っ昼間、学校では授業が行なわれている時間帯にありました。休み時間にちょこっとだけテレビを覗くと、球場は超満員のお客さん。子供心に不思議に思ったことでした。「この人達、仕事は?」。

 

私の小学校時代の担任をされた先生は、体育会系の熱血先生で、生徒からの人気もあるとても良い方でしたが、ある日の午後、悪魔になりました。 

「お前ら、黙っておけよ…」 

授業は急きょ中止になり、教室にあったテレビからは日本シリーズの中継が流れてきました。

教室は拍手喝采!その時点では、プロ野球にそれほどの興味はありませんでしたが、授業よりは全然いいやと、私も嬉しくテレビを観ました。ただ、一番テレビにかじりついていたのは、先生。真剣な表情で、微動だにせず。そこに映っていたのは、近鉄ー広島の試合でした。

 

私の田舎でも巨人戦の中継はありましたから、広島というチームは知っていましたが、この相手チームの「近鉄」って何?

赤と紺の派手な色合いのユニフォームを着た、巨人とかの選手と違って何だかスマートさに欠けた、でもやたらとパワフルな選手達。そして時々カメラに映る白髪の老監督。その監督は、私からみると祖父母に近い年齢でしたが、厳しそうで哀しそうな表情をした何とも言えない風韻に、小学生である私の心はなぜか捕らえられました。この人こそ、西本幸雄でありました。

 

プロ野球パ・リーグという未知の存在がある」というのは、当時の私にとってちょっとした衝撃もしくは発見でありました。その後興味を持って、自分なりに色々調べてみましたが、パ・リーグは人気が全然なくて球場はどこもガラガラ、新人選手が行きたがらない、助っ人外国人が逃げ出した、とろくなことしか出てこない。プロ野球はいつも超満員で、毎試合のようにテレビ中継がある光り輝くものとばかり思っていたのに、同じプロでもすごい落差。プレーしている選手はやる気出ないだろうな、と同情したものです。

 

ところが授業がきっかけで、NHKでごくたまにパ・リーグの中継があることに気づき、テレビをつけてみたところ、お客さんはガラガラでも選手たちのプレーに手抜きは一切なく、そこではまさしくプロと呼ぶにふさわしい試合が行なわれていました。

「巨人戦と同じような高いレベルの試合をしているのに、なぜこっちにはお客さんが来ないのだろう?」

それは、ウルトラマン仮面ライダーといった正義のヒーローしか知らない、まだ世間の何ごとも分からない子どもであった私が、「正しくても勝てないことがある」と初めて知った理不尽な社会の現実であり、それでも黙々と「仕事」をこなす大人の男の格好良さを感じた瞬間でもありました。

 

今だときっと問題になるであろう「悪魔の授業」は、私という少年の心に「社会」や「世間」、それらを作る「大人の心」というものの何ごとかを知るきっかけを与えたようであり、そういう意味では、とても意義深い授業であったのかもしれません。(その結果、とても冷めた、大人からみたら全然可愛くない子どもになりましたとさ…。)(さらにつづく)