今年の大分の桜の季節は、終わってしまいました。
名残を惜しみ、写真を貼っておきますか。
お城と桜って、なんだか似合いますね。
個人的に、大分県内でこのセットが一番はまっていると思うのは、岡城(竹田市)です。
岡城といえば、このお方。
レンタロー先生です。
先生は、幼少期竹田で暮らしており、ガキ(男の)にありがちな性分として、荒れ果てた岡城の「探検」とかもしていたでしょう。それが名曲「荒城の月」を生み出したのかも。
今の岡城は、もう荒城ではありません。きれいに整備され、城内にこのような立派な先生の像も建てられている。
どうでもよいのですが、岡城のちょっぺんをうろついていると、「荒城の月」のワンフレーズだけがやたらと聴こえてきます。
近くを通る道路のアスファルトに細工がしてあって、車が通過すると「はるこうろうの~ はなのえん~」が流れてくる仕掛けです。
音程が様々。やたらと高音であったり、じっくり低音であったり。
スピードを出しすぎると高音になってしまうようです。ソプラノは捕まるかも。バリトンくらいが安全のためにはよろしい。
ホント、どうでもよいですが。
もう何度目かなのに、今回ようやく初めて知ったのですが、もともとの岡城は、今の駐車場から登っていくルートではなく、別の方面が正面ルートだったみたいです。
これがその痕跡のようです。
城の脇を流れる大野川が天然の堀の役割で、ここに橋があったみたいですね。(ちなみに、この大野川をはるか下流に下っていくと、島津と豊臣が激突した戸次(へつぎ)川合戦の場所に着きます。同じ川が戸次村では戸次川と呼ばれていた。)
だいぶ朽ちていますが、ちゃんと残っていました。こっちは「荒城」っぽい感じです。
それにしても、堅牢な城です。
(当然ながら)柵もなくて、何かの拍子に足を踏み外したら、もうそれまで。子どもが落ちたり、自殺者が出てもおかしくないような絶壁ですが、特にそんな話は聞きませんね。
柵がなければ、それなりに人々それぞれに心の柵ができて、たとえば子どもを近づけさせないように心配りしたり、色々防御するんじゃないでしょうか。今は世の中自体が「過保護」になりすぎているのかもしれませんね。
桜以外もたくさんの野の花が散らばっていたので、これも残しておきましょう。
人が誰も通らない側道も、桜は満開でした。
本質的にいえば、花は人のために咲くのではない。
株式的にいえば、「人の行く 裏に道あり 花の山」。